旋盤やフライス盤で金属を削った時に出てくる屑のことをキリコといいます。キリコは、漢字で「切粉」と書くことが多いのですが、これは当て字で、本当のところは、どう書くのが正しいのかわからないとのことです。だから、「キリコ」或いは「きりこ」と仮名で表現するのが妥当なようです。キリコの色や形状は、金属の材質、刃物の研ぎ具合、切削スピードなどにより、様々に変化します。
子供のころ、通学路に機械関係の町工場があり、その出入口の脇のゴミ捨て場付近に、パーマがかかったようにチリチリになった細長い金属のかけらや、チップ状の金属片が散らばっていました。面白そうなので、よく学校の帰りに拾って持ち帰りました。その頃はその金属片の正体を知る由もなかったのですが、あれこそがキリコでした。
なぜ、そんなものを拾っていたかといえば、形状が面白く、また、光の反射によっては表面が虹色に見えるものがあり、見ていて飽きなかったからです。ただ、鋭利な部分もあり、時々指を切ってバンドエイドのお世話になったことも1回2回ではありません。キリコは削りカスなので、結局、捨てるだけのものです。そんな“ごみ”を飽きずに見ていた当時の自分は相当変わっていたと思います。ところが、元旋盤工で作家の小関智弘さんの本に、工作機械を使って金属を削っていると、キリコにみとれる瞬間があると書かれており、非常に興味をそそられました。ちょっと長いのですが引用します。

『旋盤工にしろフライス盤工にしろ、工作機械を使って金属を削っている人間は、刃物の先から生み出されるキリコをじっとみつめているうちに、そのキリコの形や色にみとれて、ある錯覚におちいる瞬間がある。(中略)自分はいまそのキリコそのものを作っているのだという錯覚を持つ。』『キリコを見つめていれば、金属素材のよしあしもわかるし、刃先が傷んできたかどうかもわかる。刃先が傷んで切れ味が悪くなれば、キリコの形も色も変わる。(中略)キリコを眺めていると、ふと、自分はいまそのキリコを作るために働いている、と錯覚してしまう。』(「鉄を削る」町工場の技術 小関智弘 ㈱太郎次郎社刊1985年)

キリコは切削作業のすべてを無言のうちに語っているのです。
言い方を変えれば、キリコは機械工にとって教師あるいはナビゲータというべき存在です。

ところで、寿貿易・メカニクスの商標をご存じですか?アルファベットのCの形をしているので、時々、「なぜCなのですか、CompanyのCですか?」という質問を受けます。実はこれ、キリコをイメージしているのです。でも、何故、ごみであるはずのキリコを敢えて商標にしたのでしょうか。それは、キリコが金属切削における影の主役だからです。
ただ、誰が見ても、キリコとは認識されずに、Cだと誤解されるのは、やはり残念ですね。


寿貿易・メカニクスの商標 キリコマーク